自宅や職場、旅先のPCからでも常に既読状態が最新、
とかやってるのは俺だけか
神道では、人間が死ぬと、すべて神になると考えています。これは、私たちの魂は神から頂いた、神の分け霊、分霊と考えるからです。神の分霊なんだから死んで霊界に帰れば神に戻ると考える訳です。
魂は神の分霊であり、肉体は魂の器として、大自然から授かった物と考えます。
トレードにおいて”偶然が重なった短期的成功”というものは、
長期的成功を妨害します。
【失敗⑨】
損切りの設定幅(逆指値の幅)をあまりにも小さく設定しすぎた事
今振り返ると、
初期の頃のトレードは1回あたりの損失がとにかく大きかったですが、
専業になって大きな損切りを経験してからは、逆に小さ過ぎたと感じます。
勿論損失は小さければ小さいほどいいし、
小さな損切りは利益を極大化する為に絶対必要な事なんですが、
その当時の私は損切り設定幅を、
”自分が許容できる値幅”で決めていました。
気持ちがおっきい時は広めの値幅、
そしてロスカットにびびった時は小さい値幅など、
もう完全に自分の気持ちだけでの判断でした。
あくまでもトレードはリスクリワードのバランスになりますので、
値幅は本来組み立てや手法に応じて決めるべきですし、
利益を伸ばす確率が高い場合は、
それに合わせ想定損切り幅も広げるべきなんです。
それをせずにただ”感覚”でやっていれば、
勝てる時も勝てないという事です。
【失敗⑫】
手法の中に、”曖昧さ”が多く存在していた事
勿論”基準”というものは存在していたのですが、
その根幹になる基準というのが
昔は少しホンワカし過ぎていました。
もし自分の手法を口で相手に説明する事になっても、
例外部分も含めて明確に説明する事は出来なかったと思うし、
その曖昧さが時々あった大きな失敗を導いていたんだと思います。
ある程度の曖昧さというか、
私のように相場の雰囲気も組み込んでトレードするタイプの人間は、
ある程度の例外というか”枝”も必要です。
でもそんな枝も、根幹になる部分と同様、
相手に明確に伝えられる状態にしないと駄目ですし、
相手に伝えられない枝ばかりになると、
結局すべてが曖昧になり曖昧な結果しか出せません。
例外部分(枝部分)も含め、
”紙にしっかり書ける状態”、
もしくは”口でしっかり説明できる状態”に、
いち早く持っていくべきでした。
【失敗⑯】
どの時間帯のトレードも、
同じFXだと思っていた事
専業になりたての頃は、
東京時間でトレードしていた事もありましたし、
特に時間帯というのを気にせずトレードしていました。
同じFXなんだからどの時間帯でトレードしても一緒、
そう思っていたんだと思います。
そこから、それぞれの時間帯の
高値安値付近の動きを狙う面白さに目覚た時期などもあり、
東京・欧州・NY時間という区切りに注目するようになったのですが、
もしあのまま何も考えずどの時間帯でもトレードしていたら、
間違いなく今の自分はありません。
”手法は時間帯によってその確率が上下する”、
これは間違いのない事実だと思います。
指標のチャンスは発表前でも発表直後でもなく、
発表からつくられる”流れの中”にあります。
nobilog2: マスコミもブログも、兜の緒を締める頃合い!?
tumblrにはそれがある!?
(via tnoma)
あるんです
(via mitaimon)
とりあえずtumblrやってみ。といいたい。tumblrをやるとSBMのセレンディピティっていったいなんだったの?というくらい領域が広がる。
(via proto-jp)
セレンティピティーというと聞こえが良い感じがするけれど、要は「自分の見たことのない/見たくない情報に如何にしてアクセスするか」という話で、Tumblrが凄いな、と思うのはこの要件をアーキテクチャとして包含してしまっているところだと自分は思っている。
(via pdl2h)
どうでもいいけどjkや女子大生あたりがドバッと参入したらdushboardの風景も随分と変わるしセンティビティーも飛躍的に高まる気がする
(via yaruo)
(via mcsgsym) 2009-03-04 (via rosarosa-over100notes) (via mcsgsym) (via highlandvalley) (via kyomtea) (via kitutuki)
(via hgzr)
偽善者であればいい。偽善者でよい。良善も真善も本当は存在しないから、偽ってでも善をするんだ。おまえのことを「偽善者」と罵る奴がいれば、そいつはおまえの偽善に騙されているのではなく、良善やら真善という「存在しない美徳」に騙されているのだから。そしてそれに溺れているだけなのだから。
「偽善者」と罵られたら喜んでよい。まがいなりにもおまえの行動が「善の一種」に見えたのだから、それを誇って然るべきなのだ。良善なんかない。真善なんかない。あるのは排気ガスを吸い慣れた我々の身体からようやく滲み出て来る薄汚れた偽善だけなのだから。それを磨いて、拭いて、洗って、綺麗に。
そして本当は丸太じゃないことに気が付いたときにようやく「偽善者!偽善者!」と頭の悪い罵詈雑言ギフトをくれる。そして「人なんか信じられない」と殻にこもる。自分を騙したのは他の誰でもなく自分の理想なのに、誰かのせい、人のせいになる。自分はピュアだと思っている。心が腐っていく。
そうやって偽善の質があがってゆけば、相手はすっかり「自分の理想の良善」とあなたの綺麗な偽善を合致させるし、あるいは投影する。「溺れるものは藁(=偽善)をも掴む」とはよく言ったものだが、偽善の質が高いと、助かったあとにそれを丸太だと勘違いするのです。決してあなたのせいではない。
まず結論から述べると
「野村證券の社員は、資産運用のプロとしての自覚はない」
ということである
もっと分かりやすく言うと
「野村證券のリテール社員の希望と、顧客の希望のベクトルは、全く違う方向へ向いている」
ということである
簡単に説明すると、野村證券内の営業マンの評価体制は全て「手数料(コミッション)ベース」となっている
手数料とは金融商品の売買(主に株や投資信託)の際に発生するもので、分かりやすく言えば消費税みたいなものだと考えていただければいいと思う
野村證券では毎朝「営業成績表」が営業全員に配られ、今月、自分が何万円の手数料を稼いでいるのかが明確に分かるようになっている
営業マンはこの「手数料」にのみ頭がいっている そのため、いま自分が何万円の手数料を稼いでいるのかは空でいえる人がほとんどだ
ではここで何が問題として発生するのか
それは顧客にとっては、もっとも重要なことは
「自分の資産が運用によっていくら増えたのか」
であるが、これは全く野村證券リテールの評価体制の中には入らないのである
つまり1億円持っている人の資産を300万円の手数料をもらい5年かけて1億1000万円に増やすことよりも、1億円株の売買をくりかえし、仮に1億パーにしたとしても、手数料で350万円を稼いでいる営業マンの方が評価は高いのである
これにより発生するのは
「高リスク商品の短期の回転売買」
である
野村證券の社員の頭に「お客様の為に」の精神はない - 絶対に野村證券で口座を作るな~証券リテールの真実~
こういうことはネット以外でもかなり知れ渡っていて、かつこれだけ安いオンライン証券があるのにも関わらず、リテールでも国内最大手なんだから不思議だよな。
(via kashino)
(via toronei) 2010-08-19
(via saitamanaka) (via skamio) (via kiri2) (via whiterain1220)
未来世代との倫理。容易でない。親子関係すら倫理的かどうか。「孝」を万物の原理と考えた古人もいた。逆はどうか。単なる親が子に抱く単なる情愛では倫理になり得ない。「仁」? 親子の現実的葛藤は西洋哲学や心理学の方が探究してきた(ヘーゲルやフロイト)。現代進化論は世代間倫理に示唆ある?
承前:近代の家族の形態は普遍化できない。歴史のなかでの「家族」には始まりと終わりがある。「家族」が終わりつつあり、社会が子どもを育てるという現象の可能性を、倫理学的にも突き詰める。そこに世代間倫理の具体的な端緒を見いだせないか。
承前:人間は、かならず親的なものに養われ、育てられる。これは生物学的な親である必要はない。その経験の普遍性と宗教は密接不可分。生身の親を超えた象徴としての親は神になる。生身の親を超えているので、家族を超えた紐帯が共同体内に芽生える。生身の子どもを超えた象徴としての「子」が必要?
承前:国家の生政治は「子」の理想化というより手段化。労働力の対象としての「子」、教育(投資として)の対象としての「子」は、あくまで現在の親世代による未来の占有。それを正当化するための言説が無数に生産されてきた。「子」は傷つきやすく、暴力の対象であり、圧倒的に無力。
承前:親子はあまりに非対称的な関係。しかし、「子」の無力さと脆弱性/可傷性が、親に対して、好き嫌いや恣意性や道具的支配関係を超克する倫理的関係に入ることを迫る。レヴィナス的な立論。『時間と他者』の未来論は死に重みがあったような。再読しよう。アレントの誕生に関する議論の参照は容易。
79:名無しさん@涙目です。(埼玉県):2011/09/25(日) 11:13:12.29 ID:XA60B1AV0
うちの会社なんだけど、営業で成果主義導入して2年目までは業績がうなぎ登りだったんだけど
その当たりがピークで社内でも情報共有しなくなって、新しい人育てようとか仲間意識が吹っ飛んで
どんどんダメになってった
情報共有がないから誰がどこ担当してるとかわからんし、担当者ついてるとこに飛び込み営業かける奴が出てきて
そこがうちの会社で一番大きな取引先だったんだけど、結局その事がきっかけで取引して貰えなくなったし
あと一番のエースだった人や営業部長なんかはもっと給与良い他のとこ行っちまった
102:名無しさん@涙目です。(神奈川県):2011/09/25(日) 11:14:48.99 ID:NxkpFBF80
実力主義の導入がうまくいく業種というのは限られるんだよ
そんなことも分かんないバカが週刊誌でも見て嬉々としてトレンドだからと
実力主義を取り入れたんだろ
154:名無しさん@涙目です。(秋田県):2011/09/25(日) 11:18:43.01 ID:9tsd1xTh0
個人での成果主義にするから弊害が起こる。
ベテランをリーダーにしてその下に若手を置く。
そのチーム全体での業績で査定をすればいい
273:名無しさん@涙目です。(東京都):2011/09/25(日) 11:27:59.73 ID:MZP2lCAk0
»241
上にもあるけど、社会全体が成果主義で移籍自由がある程度あるとそれなりに機能する
日本は綱渡り踏み外したら9割方終わりなのに中だけで成果主義するから、飢饉が
起きたみたいなことになる
44 :名無しさん@涙目です。(京都府):2011/09/25(日) 12:13:49.26 ID:ReYK7GOF0
だから仏教における輪廻転生は本気で考えてるとかじゃなくて
説話とかがあってそれをセットで考えるもので哲学の話なんだよ
宗教的事実と科学的事実を一緒にする奴は死ね
68 :名無しさん@涙目です。(チベット自治区):2011/09/25(日) 12:17:28.15 ID:8xN75PjY0
輪廻転生するなら生命の数は一定じゃないと理屈にあわないよね
はい論破
150 名前:名無しさん@涙目です。(長屋)[] 投稿日:2011/09/25(日) 12:38:28.73 ID:W+eqc7Rv0
畜生界に虫とか微生物を含めたら人間の数なんて誤差だよね
世界中の「生命」の総数っていくつなんだろ
162 名前:名無しさん@涙目です。(チベット自治区)[] 投稿日:2011/09/25(日) 12:43:37.62 ID:EDbZE7hZ0
»155
地球どころか平行宇宙も含めて輪廻するんでは?
163 名前:名無しさん@涙目です。(長屋)[sage] 投稿日:2011/09/25(日) 12:44:06.36 ID:VFF/XV300
»155
生物に対して魂があるならとは言ってないよ
物質に対して魂があるならって話だよ
それなら総量は殆ど変わらないだろ
そもそも生物のみに魂を認めるって基準がエゴい話だ
話自体は違うが九十九神なんて分かりやすい無生物の例だしな
164 :名無しさん@涙目です。(西日本):2011/09/25(日) 12:44:34.23 ID:dRibwAAk0
地球上の生物は増えてるか?
人間は確かに多少増えてはいるが。
絶滅危惧種も多いし、菌とかに至っては増えてんのか減ってんのかすらよくわからねーだろ?
174 名前:名無しさん@涙目です。(チベット自治区)[] 投稿日:2011/09/25(日) 12:53:38.21 ID:8xN75PjY0
»164
生物は増えてるよ
最初の生命は核酸とタンパク質の混合物みたいなものから偶然できた
進化と適応によって生命は爆発的に増えた
その最初がカンブリア紀
69 :名無しさん@涙目です。(埼玉県):2011/09/25(日) 12:17:35.78 ID:EJDFMtph0
スレタイに関連して、生命の意識について考察すると
輪廻とか魂(個我)がないとすると、人間の意識は
脳と神経系がプロセスする電気信号にすぎないことになるんだよな。
つまり、機械と同じ。
精巧なだけで。
73 :名無しさん@涙目です。(チベット自治区):2011/09/25(日) 12:18:14.10 ID:sOhWjftw0
死体は分解され、栄養分となり、新たな生命、地球、宇宙の一部分として存在する。
そういう意味では輪廻転生は、ある。
魂は無い。
93 :名無しさん@涙目です。(埼玉県):2011/09/25(日) 12:21:17.34 ID:EJDFMtph0
»73
魂って、人の記憶とか、過去の偉人の業績や精神を
受け継ぐ人の心の中とか、そういうものの中で生き続けるって意味で
続くんじゃないかね。
個人的な解釈だけど。
171 :名無しさん@涙目です。(チベット自治区):2011/09/25(日) 12:49:23.84 ID:n61JiGYYP
記憶を持って行けないなら転生があっても意味無し
178 名前:名無しさん@涙目です。(佐賀県)[] 投稿日:2011/09/25(日) 12:56:09.14 ID:iQBVVyjn0
>161
乱暴すぎw
龍樹は様々に変容していった(煩瑣哲学にはしりがちな)数々の仏教思想諸派に対し
「おまえら一番大事な事見落としてない?」と言ってひとつの研ぎ澄まされた解釈「空」を与えた。
当然仏陀の原思想(と思われるもの)も、諸派のありとあらゆる論もすべてに精通していた大天才だから
そんな単純なもんじゃない。
これを読めばいい。アマゾンで840円で買えるとかありえないくらいの内容。数千円の学術書とかよりすごい。
今買っておいて10年後に意味がわかったりするかもしれないから少しでも興味あったら買っておいて損はない。
→空の論理「中観」―仏教の思想〈3〉 (角川文庫―角川文庫ソフィア)
179 名前:名無しさん@涙目です。(群馬県)[sage] 投稿日:2011/09/25(日) 12:56:23.37 ID:wBCdvIKO0
ダライラマが統治してた頃のチベットじゃ、ダライラマやチベット仏教に批判的な
こと言ったチベット人は、想像を絶する恐るべき拷問にかけられた揚句殺されてたそうだね。
今じゃ単なる観光名所になってるポタラ宮殿も、一昔前は、そうやってむごい殺され方をした
“異端者”チベット人の血や悲鳴であふれかえってたってことさ・・・・・・